ある倒産の決着(温泉旅館の場合)

100室ほどもある温泉旅館が倒産した。
親子代々温泉旅館業を営んできた三代目の経営者は、不本意ながら倒産の決断をした。

倒産の原因は、一に売上減、二に売上減、三四がなくて、五に売上減。
2011年3月の震災以来、客数減は戻らなかった。
海外からの客(主に中国と韓国)が戻らなかっただけでなく、国内の客も戻らなかった。

温泉に限らず観光旅館業は軒並み売上減に見舞われている。
東日本大震災の2011.3.11から二年経っても、多かれ少なかれ、いずこも同じ傾向だ。
バブルの最盛期からは半減以下。
震災前からでも30%以上落ち込んでいた。

経営相談を受けたとき、倒産の選択は早かった。

地域金融機関は、先々代から融資を続け、融資残が少なくなると土地の取得や建物の建替えを促してそのつど融資金額を増やしていった。

その挙句、過大な融資残を抱え、いまや事業を続ければ続けるほど債務超過は膨らんでいく。
いまや金融機関への利払いと返済のために事業をしているような状態になっていた。

七十歳を目前にした経営者自身は、子供たちは独立しているし、経済的には年金もあるのでつつましい老後生活を覚悟すれば大きな不安はない。

倒産にあたって、経営者が悩んだのは[雇用]だった。

温泉旅館業の地域はおおむね他に産業はなく、地域の住民を雇用している以上それらの雇用がなくなると影響が大きい。
社員とパート、アルバイトなどで100人近くの雇用があるのだ。
この温泉旅館業の倒産以前にも近隣で同業の倒産が続き、見ようによってはゴーストタウン化していた地域だった。

わたしはこの温泉旅館の運営をしてくれる会社があれば、かなりの雇用は守れると思ったので、弁護士を通じて旅館の運営会社に打診した。

つまり収支でいえば、金融機関への利払いと返済がなく買掛の残債もなくなれば、100%の稼働率は不可能だろうが、ぎりぎり運営が可能だと判断できたのだ。

旅館そのものは経営者と会社の所有で、大きな根抵当権がついており借入金額も大きいが、100室もある温泉旅館はそう簡単に売却できるわけのものではない。
当然のことながら老朽化も進んでいる。

根抵当権の範囲では、所有権者がそこから家賃などの収入を得なければ(差し押さえできなければ)、そこで誰かが営業を続けても妨げられることはないと聞いていたので、その方法を志向したのだ。

結果を申し上げよう。

この温泉旅館は、破綻して(倒産処理は進めている)半年経った今も営業を続けている。

元の経営者は事業の現場からはなれ、現場は運営会社が運営している。
運営会社は赤字を出さないよう必死に運営している。

雇用のかなりの部分は継続できた。
社員たちは運営会社と新たな雇用契約を結んだのだ。

金融機関は、任意売却を進めようとしているがなかなか買い手は現れてこない。
営業上の債権者は、その後の支払いが運営会社からの現金決済になることで、破綻時の債務の放棄に応じてくれた。

意外だったのは、税務署が未納分延滞分の長期の延払いに応じていただけたことだった。
その理由は雇用の継続にあった。地域としてはもし雇用の継続がなされなくなると大きな影響が出るのに、雇用が継続できたのであれば税金については協力してくれるとの判断を下していただいたのだ。

その税務署の判断は、水道や光熱費についても長期の延払いに応じるという形で、影響を及ぼした。

この倒産のケースは、事業の無限拡大志向に金融機関がつけこんで限界を超えて貸し込んだための破綻であった、といえるだろう。
その背景には、時代や消費行動の変化が読みきれなかった面も大いにある。

経営者は深く落ち込んでいた。
わたしはその経営者に対して、もう事業のことは忘れて(弁護士や運営会社に任せて)残り少ない老後生活を楽しみましょう、と話している。

近いうちに東京の落語会や寄席に来てくれそうだし、ニューヨークでジャズのライブをご一緒できるかもしれない、とわたしもわくわくしている。
 

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