偏頗弁済(詐害行為)と放置逃亡-ある依頼の経緯

その依頼人は債権者を連れて相談にいらっしゃった。

・半年かかった仕事の入金で買掛債務を支払った直後に、税務署から預金口座と売掛金を差押えされた。

・この税金の差押えがあったため事業の継続ができなくなり、破綻処理をせざるを得ない。

・税金の差押えは不当ではないか。

・弁護士に相談に行ったところ、差押え直前に行った買掛金の支払いは[偏頗弁済]にあたるので、破産管財人から[詐害行為]と認められ、その支払いは否認され返還を求められる(場合によっては裁判を起こされる)、と説明された。

・同席した債権者は税務署による差押え直前に支払いを受けた債権者で、その債権者の債権が守れるように受任していただきたい、と言ったら、弁護士から受任できないと言われた。

非常にデリケートな案件だったので、(受任していただけそうな)弁護士にも同席を求め二度目の詳しいヒアリングをした。

・税金の滞納は三期にまたがり、再三の督促を受けていた。

・滞納税金については長期の延払いをお願いしていたが、その約束が守れず差押えの予告も受けていた。

・買掛先は50社にも上り、これも三期前から支払えていないところもあった。

・買掛先には、入金があり次第督促の厳しいところに支払っていた。

・代表者は半年ほど前から給与がなく、お子さんが三人いる家庭は崩壊状態だった。

これらの状況から、事業はとっくに破綻していて早急に破綻処理をしなければならない段階であることは明白だ。

・税金の差押え直前の入金は4,000万円で、20日。

・買掛金の支払いは全50社(1億2,000万円)のうちの7社、3,500万円で、同日の20日。

・25日には税務署に支払えない旨の事情説明に行っている。

・税金の差押えは月末。この間10日間。

この流れの中では、事業継続の意志があったとは到底思えない。破綻はかなり前から意識していたはずだ。
にもかかわらず、督促があったからといっても特定の債権者(買掛先)に支払ったのであれば、偏頗弁済は避けられない。

さらに(同席している)債権者への支払いの正当性を破産管財人に認めていただくのはどう考えても無理だ。その理由は、

・かなり前から破綻を覚悟していたはずだ。

・税金の滞納も何回も督促を受け、その都度約束しそれを反故にしていたので、この差押えは不当ではない。

・本来優先順位をつけられない買掛金のうち、(督促の強かった)特定の債権者に支払いをした。

・依頼人は、最後の売掛金の入金を持って破産申し立てをしなければならなかった。

同席していた債権者の希望は以下のようだった。

・とりあえず弁護士に受任していただき、債権者に受任通知を出していただきたい。

・そのうえで、債権調査に時間をかける。

・かなりの時間(一か年ほど)をかけた後で、破産の申立てを行いたい。

・偏頗弁済を受けた債権者は、その売掛金はすでに消費して手元にない、ということにする。

・この破産にかかる費用は全部わたし(偏頗弁済を受けた債権者)がもつ。

同席した弁護士とわたしの見解は以下。

・状況から見て、会社は破綻状態だったことは避けられない。

・税金の差押えは、優先債権であるので不当ではない。

・入金からの時間の流れから見て、[偏頗弁済]は避けられない。

・この段階で弁護士が介入したら、直ちに破産申し立てをしなければ債権者は収まらないだろう。申立てを一年先にすることはできない。

・このような無謀な委任を受ける弁護士は、相当の“ワル”でなければいないだろう。弁護士費用も膨大にかかるだろう。

・破産管財人はこの偏頗弁済は[詐害行為]とみなし、否認し返済を求めてくるだろう。

・どう抗っても、最終的には裁判を起こしてでも支払い分は回収するだろう。

同席した弁護士とわたしの最終的な結語は以下となった。

・依頼人が当事者(破綻した経営者)ならば、直ちに弁護士に委任し、直ちに破産の申立てをするべきだ。
・その場合、偏頗弁済を受けた債権者の救済はできなくなる。

・依頼人が偏頗弁済を受けた債権者で、受け取った債権を守ろうとするならば、破産申立てはできないのだから当事者に[放置逃亡]を促すしかない。
・放置逃亡の時効は、最長10年と考えればよい。

この件の難しいところは、依頼人である倒産の当事者(経営者)と偏頗弁済を受けた債権者が同席していたことだ。
利益が相反している二人だからだ。この状況では、たいへんに話しにくい。

わたしは、依頼人である相談者を前にすると必ず以下のことを申し上げる。

「わたしはあなたの利益を守る立場で相談に応じます。
場合によってはあなたよりも欲が深い判断をすることもあります。
でも、ご提示するいくつかの施策は、最終的にはあなたに判断していただきたいのです」

利益が相反している二者の前では、この方針はあまりにも無力だった。

この後、[放置逃亡]についてわたしの知っていることをいくつか説明した。
わたしの依頼人の中には、放置逃亡中にどうしてもピリオドを打ちたくなって相談にいらっしゃった方も何人かいるので、それらの事例をお話ししたのだが、とても複雑な気持ちだった。

以下の項目も参照されたい。
[倒産処理を甘く見るな]
[倒産ー放置逃亡ー時効]
[倒産の判断はいつするのか①(倒産時の二つの様相)]
[放置逃亡が、なくならない]
[放置逃亡するとどうなるか]

※ このエントリーは2015年5月5日に作成したものだが、より判りやすくするために2017年12月20日に修正をした。

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