奥田英朗の「わがマネー敗戦」 週刊文春(2008.9.26.号)

作家の奥田英朗が「ラップ(WRAP)口座」と呼ばれる金融商品を購入させられて惨劇を迎えた、と表記の週刊文春に寄稿している。
※ このエントリーは、2008年9月26日に旧ブログに掲載したものの再録です。

昨年の10月、取引銀行の担当者とその系列の証券会社の社員がやってきて、証券会社の一任投資による「ラップ口座」に5,000万円投資した。運用についてはリスクの少ない[安定型]を選ぼうとしたが、担当者たちの顔色に従って中間の「バランス型」にした。リスクの高い「積極型」でなかったことが、結果としては救われている、と。

年が明けて1月にはマイナス400万円。それからすぐにマイナス600万円。追加融資を断って3月にはマイナス800万円。5月にマイナス300万円まで回復したが、8月はじめにはマイナス550万円。9月はじめにはマイナス850万円。リーマン・ショックがあってマイナスは大台に乗るか…、と言う段階に。その間、証券会社は毎月6万円の手数料を引き落としている。証券会社はその他にも顧客の資産残高や運用成績に応じてフィーを受け取ることができるので、売る側にとっては大変魅力的なシステムになっているらしい。

奥田は、経済および金融はど素人だと告白している。またこの経緯も同情はされないだろうと自覚している。ベストセラー作家で高額納税者だからだ。しかし、自宅の購入資金をこの「ラップ口座」に充てようとしていた(解約して帰宅の購入資金にしようとしていた)のだが、その購入資金は融資を充てるようにアドバイス(これは金融機関の狡猾なプロモーション)され、別途住宅ローンを組んでいたとの告白の件を読めば、誰しも同情は禁じえないと思う。

よくぞ、カムアウトとしてくれた。と感謝したい。

こうしたことは、実体験者が報告してくれないと、なかなかリアリティをもって伝わってこないからだ。
この体験から奥田は、金融商品の訪問販売は止めさせろ、と叫ぶ。銀行や証券会社のノルマのために若いセールスマンが一生懸命売り歩き、それにほだされて買ってしまうことがあるからだ、と。さらにこれらのことは、そのターゲットをいわゆる富裕層から団塊の世代にシフトしているため、かなりの数のリタイア世代が同じような被害にあっていると警告している。

笑わせられた件は、この商品を買うまではめったにテレビの経済ニュースを見なかったのに、テレビ東京の女子アナの顔を全部覚え、そのテレ東のコメンテーターの「国民にも金融リテラシーが必要ということですね」というコメントを見たときは、テレ東の玄関で待ち伏せてどついてやろうと本気で思った。との述懐だった。

わたしは、お金にお金を産ませようとする考え方には、強い違和感をもつものだ。
この「ラップ口座」とは証券会社(投資顧問会社を含む)が株式、債権、その他金融商品を運用(一任運用)する資金を顧客が提供して、その結果増えればよし、減ればがっかり、というものだろう。
そもそもこの「ラップ口座」という商品にかかわる事業モデルは何も産み出しはしない。投資対象の株式、債券、その他金融商品は、それぞれの市場で取引される、そこに乗っかるというのは、どう考えても危険だ。

証券会社は損しても手数料が入るのだからリスクはヘッジできている。それほど自信があるなら、証券会社が金融機関などから融資を受けて(利息を払ってでも)この事業を展開すればよろしい。その場合はリスクの全てを証券会社が引き受けなければならない。そうではなくて、資金提供者のリスクでこの事業を行うというのはどこかおかしいだろう。

一方投資者はどこに投資するかもわからずに(結果として「投資報告書」は届けられるらしいが)結果だけを受容せよというのは、詐欺師に資金を提供するのとどこが違うのだろう。わたしには信じられないくらい危険な事業モデルだと思う。

さらに、証券会社の経営者や社員は、利益が出る(あるいは業績がよい)と(この利益とは単なる紙の、その時点での評価にすぎないはずだが…)賞与や特別賞与などの報償を出したり、みんなで分けてしまうが、あれは真っ当な利益配分になっているのだろうか。その挙句、破綻するとすでに取得した報酬は返そうとしない。…もしかすると、破綻することを前提において、利益が出たときに(あるいは無理やりに利益を出して)、あらかじめ分けてしまうというのが、事業モデルに組み込まれているのではないかしらん。

このような事業モデルを、″規制緩和″などという大義名分で認めたとしたら、これは国家的犯罪と言われてもしょうがないほどのことではないか…。
だいたいが、このような商品を保有したら、日々の株価や為替などの変動に一喜一憂せざるを得ず、そこに楽しい毎日があるとは到底思えないのだ。このことは大事だ。わたしの知人も投資にかかわったせいで、毎日の株価と為替の変動から目がはなせなくなって、毎日朝昼晩チェックしはじめることになり、その知人のはじめから少ない自由な時間のかなりの部分を放棄させられてしまった。
ありあまる資金を持っているならば、減らないようにと考えるべきで、増やそうとする(つまり金に金を産まそうとする)のは危険すぎるし、楽しくないと思う。

たかが「金(かね)」じゃないか。そんなものに自分の将来を賭けるべきではない。

経営相談お申込み・お問合せ03-5337-405724時間365日いつでも受付

経営相談お申込み・お問合せ