大相撲・八百長三部作+αを読んでみました (2008.9.26.)

※ このエントリーは、2008年9月26日に旧ブログに掲載したものの再録です。

① 元大鳴戸親方『相撲協会一刀両断-八百長』(1996年、鹿砦社)
② 板井圭介『中盆-私が見続けた国技・大相撲の“深奥”』(2000年、小学館)
③ 週刊ポスト編集部『週刊ポストは「八百長」をこう報じてきた』 (2000年小学館文庫)
α 別冊宝島1509『大相撲タブー事件史』(2008年、宝島社)

これらを読むかぎり、大相撲の八百長は否定できないと思います。
そう断ずるゆえんは以下のとおりです。
・カムアウトしている人たち(元大鳴戸親方、板井、など)の語り口に説得力があること。その語られている手口にリアリティがあること。
・名指しされた八百長力士(大鵬、北の富士、千代の富士、曙、小錦、舞の海、などなど)が反論はおろか、名誉毀損で告訴していないこと。
・このこと(八百長)が確定すると、財団法人・日本相撲協会がとても困るからうやむやにするしかないこと。

実際に大相撲の中継を見ていて八百長が見破れるか、というとほとんど見破れないと思います。八百長相撲こそ派手に土俵上を大きく使うから、と言われればわかるわけはないでしょう。
でも、その力士(相撲取り)の星と末路を見れば一目瞭然です。

それにしても、大乃国と若貴はガチンコだった、というのが救いです。

この話は、楽しくないのでやめます。もし興味のある方は上記の本を読むといいでしょう。相撲感が大いに変わると思います。

このことから引き出されることは、[組織は腐る]ということです。
その組織の歴史が長ければ長いほど、その腐敗の度合いは大きくなり、その腐敗は周辺にも及んできます。

財団法人・日本相撲協会という組織は完全に腐っています。
その中にいる力士(相撲取り)の多くも腐っています。
同様に、相撲ジャーナリズムというのも腐っています。
この財団法人の主務官庁である文科省も腐っています。
もう、臭気紛々。鼻を覆わんばかりの腐敗臭に満ちています。

長い歴史を持っている組織は、相当の自浄能力を持たないと必ず腐るのです。
この現象は、会社でも同じです。

おおよそ、先輩が後輩に伝える共同意識の伝統(共同幻想)ほど障害になるものはありません。ある習慣を否定すると、その習慣をつくった先輩を否定するという論理は、一見意味がありそうですが、とんでもない思想だとわたしは思います。
これが強くあるところには、自浄能力はありえません。

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