あるIT企業の破綻の経緯
インターネットを活用した事業を始めた事業家がいた。
今風に言えば、〝ウエブに特化したIT事業家の起業〝ということになるのだろう。
その経営者個人を特定されることを避けるために、事業内容は記さない。
三十歳台半ば、脱サラで既婚子どもが一人いる。
ウエブでの事業なので、大きな初期投資は必要とせず100万円程度の自己資金で社員は三人、小さなマンションの一室でスタートした。
事業は順調に推移し、売上も利益も少しずつ拡大していった。
二年目に事業拡大を目指し、ウエブ上での話題づくりを展開した。
その効果があったので、知名度は上がり売上も増加していった。
思いがけない影響もあった。
ベンチャー・キャピタルがアプローチしてきた。将来的な上場を目的に資本参加(出資)を申し入れた。
金融機関も寄ってきた。代表者に所有不動産はなく、代表者個人の連帯保証だけの保全条件で融資を申し入れてきた。
事業家の常として、資金があれば拡大再生産は容易になるので、出資も融資も受け入れることにした。
しかし、売上も利益も期待されるようには上がっていかなかった。
そこで、ベンチャー・キャピタルに相談した。
「ともかく売上を増やすようにしてください」
「売上ですか」
「そうです。売上を増やすようにしてください」
「利益は、上げなくてもいいのですか」
「利益のほうは少しメイキングしていただいて…、ともかく売上は右肩上がりの状態にしてください」
「………」
「ぼくはサラリーマンなので、会社のウエが納得できればいくらでも支援できるのですが、そこがうまくいかないと資金を引き上げられてしまいますから」
「………」
金融機関に相談しても、言われることは同じだった。
この経営者は、言われるままに、税理士と相談しながら試算表や決算書のメイキング(早い話が〝改竄〝だ)を繰り返しながら、事業を続けていった。
そのうち、ベンチャー・キャピタルや金融機関に提出する財務諸表の作成に忙殺され、事業に専念できなくなっていった。
しかし売上拡大最優先の事業展開では、利益が伴わなくなり、当然のことながら資金不足に陥る。
仕入れ資金が足りなくなり、買掛金が支払えなくなる。
運転資金が足りなくなり、給与や一般管理費の支払いができなくなる。
余剰資金がないのだから、借入返済もできなくなる。
そこで、わたしの事務所に相談に訪れた。
一見、資金不足の事業継続不能状態。
このまま事業継続を志向するとなると、売上と利益の拡大を図り、債務の支払い計画を伴った資金繰り表を作成することとなる。
その資金繰り表に対応するように、債権者の協力を仰がなければならなくなる。
買掛先に対しては、支払いの猶予(先延ばし)を。
給与や一般管理費も、支払いの猶予を。
借入返済も、元金の凍結(利息支払いのみ)に。
果たして、どう考えても債権者の協力が得られるような資金繰り表にはならなかった。
そこで、直ちに倒産処理に入ることをアドバイスした。
年商、2.5億円。
売上利益率(粗利率)、8%。
買掛金、0.5億円。
借入金、1.5億円。
出資金、2.0億円。
倒産処理による配当率、0.0%。
経営者の感想は以下のようだった。
・事業としては、じっくりやればなんとかなった。
・出資や融資が時期尚早だったし、過大だった。
・ベンチャー・キャピタルは会社や事業には興味がなく、ネットでの活動と売上だけに興味を持っていた。
・金融機関も売上と(メイキングされた)事業計画だけに興味を持っていた。
・あれで資金が出るなら、起業なんてずいぶんチョロいと思った。
・税理士もメイキングにはとっても協力的だった。たぶん、経営はわかっていなかったと思う。
・事業経営は、開発や営業などの事業運営(オペレーション)よりも資金管理などの会社の管理(マネジメント)のほうがはるかに難しい。
かくして、ベンチャー・キャピタルと金融機関のためのみ説明会を開き、理解を求めた。思ったほど紛糾することなく、粛々と受け止めていただけた。
いま、この倒産経営者は就業してサラリーマンを続けているが、いずれまた起業するものと思われる。
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